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コラム

2011年8月23日 火曜日

戦陣訓と巣鴨プリズン

巣鴨プリズンというのは、いわずと知れた連合国側が日本戦犯を収容する刑務所です。あろうことか戦陣訓の作者東条大将は、連合国の捕虜となり、東京裁判にかけられることになります。
東京裁判に問題があったことは多々指摘をされていますが、日本国民が本来裁くべき(裁判でと言うよりも、事実を解明するため)この戦争を、アメリカ軍やこの裁判の意味を知っていた少数の日本人指導者は、A級戦犯を国体護持(天皇制を守り、天皇への戦争責任の追及から天皇を守るための見返りとして差し出しました。この裁判が以下に不合理な物であろうと、そのことを世論に訴えて本格的に争うわけにはいかなかったのです。(この裁判の問題、この戦争の問題や、戦後処理に対する教育など国民の目から遠ざけられた問題については稿を改めます。)
語るべきことはあまりに多くありますが、本題に戻りますと、東条大将は連合国軍による逮捕の日、胸を拳銃で撃って自殺を図ります。この行為を東条大将は後に、「捕虜になるぐらいなら死ね」と言っていた自分が、死なないわけにはいかなかった。と語っていますが、自殺の失敗には非難が渦巻きました。私もこの点を調べてみて、なぜ右手で持った拳銃で自分の心臓を打ち抜けなかったのかを疑問に思いました。拳銃で自殺する際には、頭を撃つか口の中で脳に向けて発砲するのが普通だと思っていたので、なぜ服の上から心臓を狙ったのかよく分かりません。本来左利きであった東条大将が右手で打ったから失敗したのだと言うような弁明もありましたが、ではなぜ米軍の逮捕のときに自殺を図ったのかは説明することが出来ません。逮捕の前に、実質的に捕虜になっていたわけですから。その後も自殺することなく、裁判で絞首刑が言い渡され、1948年に処刑されるまで行き続けました。もちろん、生きて戦争の真実について、多くを私達に方ってほしかったので、生きていることには、問題があったとは思いませんが、複雑な気持ちを持った人たちは多く居たのではないでしょうか。

投稿者 NPO家族葬の会

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